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歴史

歴史概略

伝説によれば、インドの海岸から700名の部下とともに漂着したヴィジャヤ王が先住民族を征服しシンハラ王朝を建国したのは紀元前5世紀ごろ。このシンハラの初代王はライオンの孫と言われ、 彼は南インドから700名の女性を呼び、部下たちとの間に生まれた子供が現在のシンハラ人の祖先だと伝説に残ります。ライオンは建国のシンボルとして、国旗にも描かれています。
スリランカが歴史に本格的に登場するのは紀元前3世紀ごろ。このころインドから上座部仏教が伝わり、シンハラの王族たちがこぞって帰依します。仏教を信奉するシンハラ人たちはアヌラーダプラに首都を定め王国を作り、立派な灌漑施設を擁した王都は人々でにぎわい、仏教は大いに栄えました。5世紀には中国から法顕が来島し、みごとな仏教伽藍に感嘆、スリランカのことを「師子国(シンハラ)」と記録に残しています。
やがて、南インドからやってきたタミル人たちとの間で争いが起こります。彼ら南インド勢力の進出で首都はポロンナルワに移転されました。ポロンナルワに首都がおかれたのは11~13世紀のこと。13世紀にはマルコ・ポーロが当時のスリランカの様子を東方見聞録で伝えています。
1505年、ポルトガルの艦隊がスリランカに漂着。ポルトガルはシナモンを集荷する商館をコロンボに建てたのを皮切りに、島内を支配していきます。17世紀になるとシナモンの貿易を巡りポルトガルとオランダが争い、最終的にはオランダ東インド会社が利権を獲得。1638年には、シンハラ人支配の王国はキャンディ王国を残すのみとなりました。1796年にはイギリスの東インド会社がオランダ領を接収、スリランカのほぼ全土を植民地とします。さらに1815年のキャンディ王国の内乱に乗じてキャンディも併合、全島支配に成功しました。その後、1818年と1848年には反乱が起きますが鎮圧されてしまいます。
やがてシナモン貿易に代わりコーヒー、続いて紅茶のプランテーション農業開発が大規模に行われ、スリランカには労働力として多くのタミル人がやってきて、のちの火種の一つとなりました。なおイギリス支配層による英語教育がすすめられたのもこの時期で、スリランカには教育を受けた中産階級が生まれ、彼らが独立運動の中心となっていきました。1931年には国家評議会が設置され、一定の範囲ですが島民の自治が認められます。
第二次世界大戦後、周辺諸国の民族運動の高まりと歩調を合わせ、1948年、スリランカもセイロンの国名でイギリス連邦内の自治領として独立します。しかし、独立運動を担ったシンハラ人の中産階級層が政権の中枢となり、彼らはシンハラ語を公用語にするなど、シンハラ人へと傾く政策、そして仏教を重んじる政策を打ち出します。これに反発するヒンドゥー教を信奉するタミル人系はやはり中産階級層が中心となり自治を要求、だんだんとその抵抗は強まり、ついには反政府過激派組織「タミル・イーラム解放の虎」が武力闘争を開始します。各国の介入もあり、4半世紀を経て2009年には政府は過激派を制圧、内戦は終結しました。

略年表

世紀 年代 できごと
紀元前5世紀   ヴィジャヤ王がスリランカに漂着と伝えられる
紀元前3世紀   アヌラーダプラを首都にするシンハラ人王国時代
仏教伝来
5世紀   中国の僧、法顕が来島
11世紀   首都をアヌラーダプラからポロンナルワに移転
12世紀   北部ジャフナにタミル人のジャフナ王国成立
13世紀   マルコ・ポーロ、スリランカを訪れる
16世紀   キャンディを首都とするウダラタ王国が成立。
1505年 ポルトガル艦隊がスリランカに漂着
17世紀 1638年 オランダがキャンディ以外を領有支配
18世紀 1796年 イギリス東インド会社がオランダ領接収
19世紀 1815年 キャンディの内乱に乗じて制圧、イギリスの全島支配開始
1818年 反乱勃発
1848年 反乱勃発
20世紀 1931年 国民評議会の設立
1948年 セイロンとして独立
1956年 総選挙でスリランカ自由党勝利、バンダーラナーヤカ内閣がシンハラ語の公用化へ
1958年 国内で政策を巡りシンハラ人とタミル人の争いが激化
1959年 バンダーラナーヤカ暗殺される
1960年 バンダーラナーヤカ夫人が世界初の女性首相に。シンハラ優遇政策は引き継がれる
1972年 仏教を準国教扱いする憲法が制定、タミルの独立派は分離独立を要求、武力闘争を開始
1978年 ジャヤワルダナの統一国民党が総選挙で勝利、憲法改正しスリランカ民主社会主義共和国と宣言。
1983年 反タミル暴動勃発、過激派組織「タミル・イーラム解放の虎」の活動が活発化
1984年 首都をスリ・ジャヤワルダナプラ・コッテに遷都(経済的な機能はコロンボに残る)
1987年 インド平和維持軍が介入、憲法改正。タミル語も公用語に。
1993年 プレマダーサ大統領が暗殺される
21世紀 2002年 停戦合意がなされる(しかし、その後も混乱が続く)
2009年 「タミル・イーラム解放の虎」敗北宣言。内戦終結。
上座部仏教
仏教が広く信じられているスリランカ。この地に伝えられたのは、「上座部仏教」です。日本では「小乗仏教」として大乗仏教と区別されますが、近年の言い方としては「上座部仏教」のほうが主流です。
仏陀の入寂後100年で分裂した仏教教団が、教義の解釈を巡って「上座部」と「大衆部」に分かれたのがそのはじまり。
除外例を認める一派と対立した教義の除外例を認めない厳格な一派の対立です。認めない厳格な信徒の多くは上座の長老だったため、上座部と名付けられたとも言われます。
上座部仏教が伝わったのは南アジア、そして東南アジア。スリランカに伝わったのは紀元前3世紀、インドのアショカ王の息子が来島して王に受戒を行いました。
教義を重んじ、修業を重んじる上座部仏教では、最前線で修業を積む僧侶の地位が大変高く、人々は食物や服などを僧侶に寄進することで徳が積めると信じています。
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