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2016.06.29

追悼と希望の日

レポート:鳴海深雪(日本リトアニア友好協会HP内『リトアニア便り』担当)

6月14日はリトアニアでは【追悼と希望の日】と呼ばれています。
ちょうど今から75年前の1941年6月14日、夜中の3時よりソビエト当局がリトアニア人のシベリアへの大規模な強制移送を開始しました。夜中にたたき起こされ、老いも若きも関係なく着のみ着ままで貨物車に詰め込まれて遠い地シベリアに送られたのです。ソビエトにとって「政治犯・思想犯、知識階級」と判断された人々が中心となり、6月14日~18日の4日間だけでも約17500人もの人々が、その後11年間に渡り送られた人数を合わせると約13万人もの人々がシベリアへ送られました(ポーランド系、ウクライナ系、ドイツ系リトアニア人の人々も含まれていました。)

強制収容所で収容・もしくは労働に従事させられていたのは15万人と言われています。食べ物・飲み物もろくに与えられず、寒さもしのぐことができず、劣悪な衛生条件な中で移送される途中でお亡くなりになる方も、また刃向かって銃殺される方もいましたし、極寒の地シベリアで、ろくな住居も衣服も食べ物も与えられず日々激しい肉体労働に従事させられ、飢えや寒さ、病気で多くの方々が彼の地に骨を埋める運命となりました。
リトアニアの「Genocide and Resistance Research Center(虐殺と抵抗のリサーチセンター)」の資料によれば、強制収容所で生き残ったリトアニア人は約3分の2であり、そのうち約8万人が1960年までにリトアニアに帰還し、残りはリトアニア外に残ったとのことです。リトアニア国内、国外すべて合わせると、ソビエトにより約10万人の人々が亡くなったとのことです。(強制労働以外に拷問・処刑も含め)
かの悲惨な強制移送が始まってから75周年を記念する今年、式典に参加する機会がありましたのでここで少しレポートさせて頂きます。

午後12時半近く、ヴィリニュスの目抜き通りGediminas通りにある通称KGB博物館の横の広場で式典が始まりました。会場には大勢の人々が詰めかけていました。御覧の通り10代、20代の若者たちも少なくありません。

大統領、首相、大臣など国の要人たちが勢ぞろいし、グリバウスカイテ大統領のスピーチが始まります。

ギムナジアの男性生徒合唱グループが「パルチザンの歌」を歌います。政治家などの要人も含め、参列者の中には涙ぐむ方々もいらっしゃりました。

それからリトアニアの著名な詩人Sigitas Geda(シギタス・ゲーダ)氏の詩を俳優のEvaldas Jaras(エバルダス・ヤラス)氏が読み上げます。

民俗音楽の演奏もあり、美しく少しもの悲しげなリトアニアの伝統楽器「カンクレイ」の音色と優しい歌声にしばし耳を傾けました。

その後「Misija Sibera(シベリア・ミッション)」というリトアニアの若者たちがイニシャティブを取る活動について紹介がありました。
強制移送の歴史に対する認識を高め、リトアニアへの愛国心を育てることを目的とし2005年から始まった活動で、自らがシベリアに赴き、亡くなった方々の墓地(リトアニアや他のバルトの人々)を整備したり、彼の地に残った人々やその子孫の方々と交流し、その話を記録・文書化しています。

毎年夏にリトアニア人が追放された地を訪れているのですが、メンバーは年年で変わり、活動を次世代に伝えています。活動には精神面、体力面で十分な強さが必要なためだと思いますが、メンバーは50キロハイキングなどの選考を経て活動に従事しています。1メンバーは大統領から紹介を受け、75周年の今年のプロジェクト【Ištark Išgirsk Išsaugok】(直訳的ですが、【言葉に出して、耳で聞いて、守って】の意)について説明しました。

これまでリトアニアの歴史の中で強制移送について語られて議論される際に「何人が送られた。何人が亡くなった」など「その数」で語られることが多かったのですが、今年の【Ištark Išgirsk Išsaugok】プロジェクトでは、人数ではなく、亡くなった方、生き残った方が、どのような運命をたどったのか、一人ひとりを、リアルな人としてとらえて感じ、その名前と運命を声に出して語り、人々がそれを聞き、歴史としてしっかり残すことで、哀悼の意を捧げることを目的としているとのことでした。話をしている男性が手に抱えているのは、彼らが調べた限り判明した、移送された人々のリストとその運命です。
約22000人以上の人々の氏名とその運命が記載されています。「○△さん、帰還」「□○さん、死亡」「△×さん、不明」など、ごく短文ですが、この文書に記載された人々の名前と運命を一人ひとり読み上げてゆきます。

じっと目をつむって一人ひとり読み上げられる名を聞く年配の方、ハンカチで目頭を押さえる老婦人、真剣なまなざしで見守る若者たち、それぞれが夫々の中で悲惨な歴史と、そしてその中で翻弄された一人ひとりの魂に想いを馳せる時間となりました。この名前を読み上げは14日13時頃から始まり、夜明けまでずっと続きました。

【参考】Misija Siberaのホームページ http://www.misijasibiras.lt/ (英文あり)

写真は全て(c)鳴海深雪/日本リトアニア友好協会

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    参加者には多くの若者も
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    民俗音楽の演奏もありました
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