行き先を選ぶ

エリア別で選ぶ

世界地図から選ぶ

西部

ガンジャ

Ganja

photo

(c)www.azerbaijan.travel

アゼルバジャン第2の都市です。その歴史は5世紀にまで遡り、ロシア帝国時代にはエリザヴェトポリ、旧ソ連時代にはキロヴァバードと呼ばれていました。13世紀にはモンゴルの来襲を受けて衰退しましたが、16世紀にはカラバフの首都に、そして18世紀には独立国家となりました。旧市街にはそうした歴史を今に伝える建造物が、数多く残されています。ガンジャはまた、ペルシア人の詩人、ニザーミーの生まれ故郷としても知られ、町の北東7~10キロの場所には、古代集落も残されています。

ブルー・イマーム

Blue Imam

6世紀に亡くなったイマム・モハメッド・バギールの息子の墓があった場所に建てられた霊廟です。高さは12メートル。ブルーのタイルをあしらった直径4.4メートルのドームが印象的です。ここには シェイク・イブラヒームが祀られています。この霊廟は、預言者アリの子孫が埋葬されたという意味の伝統的な名称「イマーム・ザーデ」として知られています。

シェイク・バハーウッディーン建築群

Sheikh Bahauddin Complex

1606年に創建されたジュマ メシド(シャ・アバス・モスク)をはじめ、中世の浴場、キャラバンサライから成るシェイク・バハーウッディーンによる複合施設です。

ニザーミー・ギャンジェヴィの廟

Nizami Ganjevi Mausoleum

photo

(c)www.azerbaijan.travel

中世ペルシャの詩人、ニザーミー・ガンジャビーが祀られている霊廟です。旧ソ連から独立後の1991年に、現在のような円筒形になりました。

ナヒチェヴァン

Nakhichevan

アルメニアをまたいだ西南にあるアゼルバイジャンの自治共和国です。イランとの境界にはアラクス川が流れ、その反対側の山脈によってアルメニアと国境を介しています。町の歴史は紀元前8~7世紀にまで遡り、プトレマイオスの天動説の中で、初めてナクスアナという名前で言及されています。また、旧約聖書にでてくる「ノアの方舟」が流れ着いたとされるアララト山を抱くナヒチェヴァンには、多くの方舟伝説が残されています。非常に乾燥したこの地域には、多くの塩埋蔵があることでも知られています。

ノアの墓

Noah's Grave

8世紀から12世紀に建造された、方舟伝説に登場するノアの記念碑です。20世紀初頭になって内部が地元の画家により美しい写真や絵で装飾されましたが、それが後に再発見され建物の上部が付け加えられました。伝説によると、都市の中で標高が高い地点であるこの場所に、ノアの墓が造られたと伝えられています。

岩塩坑

The Salt Mines

中心部から10キロ程の場所にある、ぜんそく治療のための岩塩坑です。ここでは投薬ではなく、洞窟に浮遊する塩の微粒子を吸引するという治療法が行われています。洞窟の奥には豪華な5ッ星ホテルも完備されていて、誰でも気軽に洞窟滞在が楽しめるようになっています。通常、入山には問題はありませんが、病状によっては医師の同意が必要となりますのでご注意下さい。

「7人の眠り男」の洞窟

The Cave of the Seven Sleepers

映画『エフェソスの7人の眠り男』の舞台にもなった美しい洞窟です。この話はコーランに記述されているキリスト教迫害の話ですが、ある者はこの洞窟で309年もの間眠っていたという逸話も残されています。この洞窟はイスラム教徒だけでなく、キリスト教の神話の地としても知られ、6世紀頃から多くの巡礼者が訪れています。

スネーク山 

Snake Mountain

平原の中にぽっかりと突き出た標高2415メートルの山です。山頂にある裂け目は、ノアの方舟によってできたという伝説が残されています。

モミネ・ハトゥン廟

Mausoleum of Momine Khatun

photo

(c)www.azerbaijan.travel

1187年に当時の統治者であった君主の后であるモミネ・ハトゥンのために建てられた霊廟で、「アタベク・グムバズィ」とも呼ばれています。

ガリスタン廟

Gulistan Mausoleum

「アゼルバイジャンの至宝」と呼ばれる重要な建造物です。アラス川の程近くにある小さな緑の谷間に建つ、繊細な幾何学模様が印象的な赤色砂岩でできた霊廟で、複雑な12面体構造をしています。

カラバラ廟

Karabaglar Mausoleum

カラバラという小さな村にある霊廟です。正確な年代はわかっていませんが、12世紀から13世紀に建造されたと見られています。円形のこの霊廟の表面は、この時代の建築によく見られる12の半円を描き、カーペットのような色彩豊かな模様で覆われ、光沢のあるミルキーホワイトの碑文と、色鮮やかなトルコ石のコントラストが印象的です。かつてこの村には10,000の住宅、40のミナレットを持つ70のモスクと霊廟があり、この建物も中央の入口にあるミナレットに続く複合施設の一部だったと考えられています。

クダフェリン橋

Khudaferin Bridges

アラス川の北と南を結ぶ橋です。12世紀に造られた最初の橋は、15の径間を持つ長さ200メートル、幅4.5メートル、最高地点の高さは10メートルあり、橋の部分には川の石と焼きレンガ、土台には御影石が使用されています。二つ目の橋は13世紀に建造され、最初の橋よりも小さい長さ30メートル、幅6メートルで、橋の最高地点の高さは12メートルあります。

ハティンの墓

Momuna khatin Tomb

ナヒチェヴァンの西にある、高さ34メートルの壮大な記念碑です。12世紀初頭にアゼルバイジャンの建築家によって建てられました。地下には、十角形をした墓所があり、墓を造らせたハティンの妻と息子もそこに眠っています。

オルドゥーバード山と岩絵

Gamigaya Rock Drawings

まるで空に浮かぶ大きな船のようなオルドゥーバード山は、古代の神聖な神々の一つと考えられています。この山には、紀元前4千から千年のものと見られる岩の表面を傷つけて線刻描画したペトログリフが残されています。

ハーン・パレス

Khan Palace of Nakhchivan

photo

(c)www.azerbaijan.travel

カルバリ・ハーン・カンガリによって18世紀に建築された、東洋の建築様式の宮殿です。20世紀初頭まで、ハーンの居城として使用されていました。

オルドゥーバード

Ordubad

オルドゥーバードは、ナヒチェヴァンに次ぎナヒチェヴァン自治共和国で2番目に重要な町でした。標高は850メートル。アルメニアとイランに国境を接しています。かつてはシルクロードの交易の中心都市として栄え、モスクの近くにはキャラバンの休息所や、東欧諸国から運ばれたシルクやドライフルーツを売るマーケットもありました。町には歴史を感じさせる道やモスク、中世のマーケット広場など古い町並みが残り、ユネスコ世界遺産の候補にもなっています。

ジュマ メシド

Djuma Mosque

町の中心部にある12世紀に創建された、中世のファサードが美しい金曜モスクです。敷地内には、オルドゥーバード歴史博物館があります。

歴史博物館

Ordubad History Museum

1981年に金曜モスクの敷地内に設立された博物館です。この博物館には、この町の当時の繁栄を窺わせる絵画、楽器、様々な装飾が施された民族衣装、古銭、宝石、絨毯など、400点余りが所蔵されています。また、図書室やアーカイヴも併設されています。

DTAC観光情報局 twitter Followで最新情報をゲット!!