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トランシルヴァニア地方 北部・西部

 世界遺産

オラシュチ山脈のダキア人要塞群

1993年、世界文化遺産に指定されました。ルーマニア人の先祖・ダキア人とローマ帝国との戦いの舞台となった要塞群です。

■サルミセジェツザ砦(Sarmizegetusa)
グラディシュテ山頂は、かつてのダキアの首都。現存する砦は城壁に囲まれ、中心部はおよそ3ヘクタール。西と東に門があります。ローマの攻撃で砦の大部分が破壊されましたが、戦後にローマ軍によって修復され、その後も守備隊の駐屯地として使われました。砦の中心から東に100mにある段々畑の一帯に神殿が6つ残っています。最も大きなものは直径30mで、輪の形をしており、彫刻が刻まれた石柱に囲まれた聖なる場所でした。その一段上に、「支柱の殿堂」があります。60本の高い支柱からできていましたが、現在は基壇しか残っていません。「安山岩の太陽」は巨大な安山岩で造られた円盤ですが、日時計なのか、神への生贄を捧げる場なのか分かっていません。陶器、食器、道具、金銀の貨幣や装飾品など、ダキア人の日常生活の遺物が次々に発掘されていますが、実在すると言われるダキアの王、デチェバル秘宝のありかは謎のままです。

■バニツァ砦(Banita)
ペトロシャニ市から11km離れた、バニツァ村のデァルボリー山の上にあります。この砦は、ダキア国のブレビスタ王時代から残っています。中に入るには北向きの側面にまわるしかなく、ほかの3つの側面は、急傾斜の山に守られる堅固な要塞です。砦の役割は、南からやってくる侵略者を阻み、サルミセジェツザに寄せつけないことでした。このため、堅固な城壁、天守閣、戦闘用の台、防御用の施設をたくさん設け、砦の真中には監視台も設置されていたのです。最終的にはここもローマ軍によって破壊されました。

■カプルナ砦(Capalna)
セベシュ市から10kmの、サスチョリ郡カプルナ村にあります。紀元前106年時代の砦の各部が、20世紀に入り発見されています。城壁は山の岩を利用して作られ、内部の一番高いところには岩の台があり、上に監視所がありました。ローマ軍とダキア軍の2回目の戦闘中に、大半が破壊されています。その後の発掘調査で、周辺からたくさんの遺跡が発掘されました。水道橋、溝、殿堂、城壁、木造建築、大量の陶器、器具など民生施設も含め、中世のものも発掘され、中世にも避難所として使われたことを証明しています。

■コステシティ・チェタツヤ砦(Costesti Cetatuia)
標高561mのチェタツヤ山頂の砦は、80年ほど前に発掘されました。紀元前2世紀の後半の遺跡です。堅固な城壁に囲まれた内部には、貯水施設や4つの殿堂、そして天守閣もあり、近くには2つの守備隊の施設がありました。ブレビスタをはじめ歴代のダキア王の住居でもあったようです

■コステシティ・ブリダル砦(Costesti Blidaru)
標高705mの段々畑の山の上にあり、遠くまでよく監視できる場所です。この砦は、2つの場所を互いに繋ぐ形で造られていました。2つともに天守閣がありましたが、その一つは武器倉庫の役割を持っていたようです。貯水施設もあったこの砦は、軍事拠点だったのです。

■ルンカニ・ピャトラ・ロシエ砦(Luncani-Piatra Rosie)
標高832mのピャトラ・ロシエ山の上にあります。ロシエとは、ルーマニア語で「赤」を意味します。酸化鉄が豊富な土壌なので、遠くから見ると山全体が赤く見えます。発掘されたのは1949年。砦の形は正方形で、長い側面は100m、短い側面は40~45mです。天守閣はそれぞれの角に1 つずつ、東の側面の中心に1つと、全部で5ケ所にありました。2つの部屋を持つ木造の建物がありましたが、石造りの基礎だけが残っています。北西の角に貯水施設が造られていました。もともとは一段下にも砦の一部がありました。そのあたりには、神殿と多数の小さな天守閣があり、当時の銅や銀製の容器、道具、装飾品、武器、さらに女神ベンディスの胸から上をかたどったブロンズ像なども発掘されました。

ローマ帝国の襲来

紀元前からローマ帝国はダキア(現在のルーマニア)を併合しようと試み、トラヤヌスが皇帝になると大軍が送り込まれました。西暦101年、ローマ帝国軍は国境のドナウ河を渡り、タパエで勝利を収め、さらにオラシュティエ連峰に侵攻し、砦をつぎつぎと占拠。ローマの軍事力に圧倒され、ダキア軍は敗北しました。その後、ローマ軍はダキアの首都サルミセジェツザの要塞に苦戦を強いられ、冬の到来とともに攻撃を一旦中止しますが、翌年、サルミセジェツザを完全に包囲。ダキアの王デチェバルは、屈辱的な平和条約締結に追い込まれました。西暦105年、平和条約を破ったトラヤヌス皇帝の大軍は最終的な攻撃を加えます。翌年、サルミセジェツザ要塞は陥落、デチェバルは自害。彼の首はローマへ運ばれ、ダキアはローマ帝国の属州になったのです。ローマ人によるダキアの征服は、その後のルーマニアの歴史と文化、国民形成に最大にして決定的な出来事でした。

パルティニシュ

Paltinis

シビウから32km離れたところにあるリゾートです。シビウからラシナリ村を通過して、チビン山を登る道路を進み、チンドレル山の手前が「パルティニシュ」。空気がきれいでマイナス・イオンに満ちた場所です。小さなリゾートですが標高が高く、山の景色が好きな人には、ピッタリのところです。冬は雪がどっさり積もって寒く、夏は涼しい気候ですが、年間を通じて晴れの日が多く、のどかな環境でリラックスできます。神経系の病の人にもお薦めします。スキー場もたくさんありますし、ケーブルカーもあります。一番長いゲレンデは1,660m(標高差240m)ですが、もっと急なゲレンデもあります。

アラド

Arad

ハンガリーとの国境の街アラド。西欧風バロック様式の建築物と、ルーマニアの古き良き街並みが混在している不思議な景観の都市です。観光スポットとして有名なのは「ブラシュ宮殿」「文化宮殿」「給水塔」などです。

バイレ・フェリクス

Baile Felix

オラデア(Oradea)から南に8km、バイレ・フェリックスは、世界的に有名な温泉地で、2,400年も前に温泉が噴出したと言う歴史のある温泉です。リウマチ、神経性疾患、婦人科系疾患などに効果があると言われ、ヨーロッパの各国から観光客が訪れる人気の場所です。

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