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カムヤネツィ・ポジーリスキー

カムヤネツィ・ポジーリスキー

Kamianets-Podilskyi

ウクライナはかつて旧ソビエト連邦を構成する国の一つでしたが、それ以前にはポーランド王国に属していました。このカムヤネツィ・ポジーリスキーはウクライナでも特に歴史のある町の一つで、この町が初めて文献に登場したのはキエフ・ルーシの集落として記載された1062年にまで遡ります。1430年、ポーランド王国に併合されたのを機に古い城は再建・拡張され、要塞も築かれて町は急速な発展を遂げますが、1672年にはオスマン帝国、1793年によはロシア帝国、そして1915年にはオーストリア=ハンガリー帝国に占領されるという複雑な歴史を歩みました。1991年にウクライナがソビエト連邦からの独立を果たしてからはウクライナ領となりましたが、このように異なる民族、異なる文化が混在してきたカミャネチ=ポジリシキィには、独特の文化と建造物が残されています。

聖ペテロ・聖パウロ大聖堂

Cathedral Of Saints Peter and Paul

photo

(c)ウクライナ政府観光局

司教のパウロ1世(1428-1453)の命により創建された聖堂ですが、トルコの支配下にあった時代にはミナレット(細くて高い塔)が付け加えられ、モスクとして使用されていました。オーストリア=ハンガリー帝国がそれを取り戻してから、塔の上には金の聖母像が配置されました。

ステファン・バートリ門

Stephen Báthory Tower

オスマン帝国やタタール族の侵攻が予想される南西部を防衛するために造られた、旧防衛複合施設の一部です。

要塞・防衛施設

Old Fortress

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(c)ウクライナ政府観光局

要塞の建設は11世紀に始まりましたが、現在残されているものの多くは14世紀から18世紀にかけて造られました。

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